『禁忌』


INTRODUCTION


プロデューサー・女優、杉野希妃。2010年に深田晃司監督の『歓待』をプロデュース、超低予算ながら、世界中の100以上の映画祭からオファーを受け、2011年には東京国際映画祭でアジア映画のミューズとして特集された。2012年には世界6ヶ所の映画祭で審査員をし、プロデュース、主演した内田伸輝監督の『おだやかな日常』も数多くの国際映画祭で上映されたほか、日本映画プロフェッショナル大賞で新進プロデューサー賞を受賞、またこの6月に始まる台北国際映画祭でも杉野の特集が組まれるなどアジア映画界から期待を集めている。
監督するのは和島香太郎。この作品が長篇デビュー作となる。2012年に『小さなユリと 第一章・夕方の三十分』がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で奨励賞受賞と観客アンケート一位を獲得。独特な感性と美的センスの持ち主で、今もっとも長篇作品が待たれている若手の一人である。『禁忌』は和島監督のオリジナルで、昨年の秋から杉野と共に一から企画開発した作品である。
この作品のテーマ「少年愛」を基に、深淵に取り囲まれた孤独者の祈りのような、モーツァルトの音楽が全編を通じて流れる。作風としてはルーマニア、ポーランドといった最近勢い盛んな東欧映画のように、やや色調を抑えた風景の中での乾いた人間模様を描く。
杉野は今作で少年をレイプするという複雑な役どころを体当たりで演じている。『桐島、部活やめるってよ』、『私の男』、杉野作品である『ほとりの朔子』、『マンガ肉と僕』など話題作に多数出演し、注目を集める若手実力派の太賀が少年役を演じる。さらにベテラン俳優・佐野史郎が脇を固め、監禁、レイプ、同性愛、少年愛、セクシャルマイノリティの禁断の世界をモーツァルトの楽曲にのせ、儚く美しいタッチで描く衝撃作。

STORY


恋人がいながらも自分を慕う女生徒と関係を持つ女子高教師サラ(杉野希妃)はどこか満たされない日々を送っていた。ある日、幼いころに離別した父親・充(佐野史郎)が暴行事件に巻き込まれたと警察から連絡が入る。唯一の身寄りであるサラは負傷し入院中の父親の身の回りの世話のために自宅を訪れると、そこにいたのは監禁され、充と性的な関係を持つ少年・望人(太賀)であった。暴行事件の被害者であった充だが、加害者の少年の証言により買春の容疑がかかり家宅捜査を求められた。望人の存在が発覚することを恐れた充はサラに望人を匿ってほしいと頼む。サラは父親の申し出を受け入れ望人と生活を共にする。少年と触れ合うことで自身に父親と同じ少年愛者の血が流れていることを自覚したサラは望人に激しく欲情し、犯してしまう。満たされた官能を知り、望人を手放したくないサラは充に望人との関係を暴露すると脅し、恋人とも別れ、二人の生活を手に入れる。歪んだ関係ではあるが二人は心を通わせ奇妙な共同生活を送る。しかし、サラが望む少年であった望人は次第に成長し少年ではなくなっていってしまう。彼の腕や足には体毛が目立つようになり、変声期の兆候が表れ、性への好奇心も芽生える。サラの求めていた純粋さは次第に失われ、そのことが彼女をひどく失望させた。そして事件が起きる。サラに捨てられ逆上した恋人・菊田が来訪し、彼女を犯したのである。隣の部屋には望人がいたが、体を拘束されているために声を上げることも出来ず、事が終わるまでもがき続けた。この出来事がきっかけで、サラは男に対する恐怖心が芽生え、望人との生活も困難となる。数日後、サラは望人を連れて充の自宅に引き渡しのため向かっていた。サラに対する思いを恋と錯覚する望人が少年であり続けるために自らとった行動とは―。

監督ステートメント


この映画の題材は少年愛です。主人公の女・サラは、父親・充に監禁され性的な関係を持つ少年・望人と出会い、自らもペドフィリア(13歳以下を対象とした性愛)と呼ばれる異常性欲に目醒めます。やがて、第二次成長期を迎えた望人が肉体的にも精神的にも大人になろうとするとき、関係は破局を迎えます。望人は、サラに対する恋を錯覚し、少年であり続けるため自らの手で、ある決断を下します。彼の哀しみを表現するため、物語に登場する音楽は、神童と呼ばれたモーツァルトの曲を選んでいます。

 ペドフィリアという特殊な性愛は、生得のセクシャリティという説があります。治まることのない欲望を抱え、それに抗いながら児童と同じ社会に共存している大人たちがいるというわけです。この「抗い」を失った一部の人間が小児性犯罪を犯します。

 これらの問題の根本にある「欲望」について私は考えてきました。生まれ持った傾向を人は選ぶことができませんが、それが絶対悪と見なされる殺害衝動や小児性愛の場合、当事者はどのように生きることになるのか。彼らの「抗い」と、「抗い」を失った後の孤独な世界を私は描きたいのです。

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